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ヒロシマから願いをこめて

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2014年9月7日(日)に安芸の宮島の宮島弥山 大本山 大聖院で行われた
折り鶴を「平和のメッセージとともに炊き上げ」に、グラビオオーラと書のコラボレーション
のミニコンサートで「祈、願、灯火等・・・」を揮毫してきました。


炊き上げには、平和記念公園の〝平和の灯”の元火の一つ大聖院霊火堂の
〝消えずの霊火”を使用しました。


(由緒ある大聖院は高いところに位置しています。歩くと私の足だと30分はかかるかも?)

(見回しても霊験あらたかなのがよく分ります)

(かわいい鹿に会いました)
平和記念公園の「原爆の子の像」には、国内外から年間約1000万羽、
重さにして10トン以上の折り鶴が捧げられています。折り鶴に託された
世界中に人々からの平和を願う思いが、多くの人々の心に刻まれ、さらに、
新たな「思い」として継承されることにより、折り鶴に託された思いを
多くの人々が共有し、この尊い【思い】を昇華させることを目的とします。

・・折り鶴がヒロシマに寄せられるようになった背景は・・
「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子(さだこ)さんは、2歳の時に被爆し、被爆から10年後の小学6年の時に突然白血病を発祥しました。
入院中、鶴を千羽折ると病気が治ると聞いた禎子さんは、千羽を超える鶴を折りましたが、8ヶ月の闘病生活の末に亡くなりました。
佐々木禎子さんの同級生達は、禎子さんの死に大きな衝撃を受け、これをきっかけとして
「原爆で亡くなった部手の子ども達のために慰霊碑をつくろう」と呼びかけを始め、市内の小、中、高等学校を巻き込んだ大きな運動に発展し、この趣旨に賛同した人々から多くの募金が寄せられ、1958年5月、平和を願う世界中の人々の象徴となり、毎年1000羽以上、重さにして10トン以上の折り鶴が【原爆の子の像」に届けられるようになりました。

今ヒロシマには沢山の鶴が送られます。
送られた鶴をきちんと供養する姿勢が素晴らしいと今回も思いました。
無料の演奏の裏にはチーム折重由美子としてのプライドが感じられました。
チームに毎年入れていただけること幸せです。ありがとうございます!
手伝ってくださった方
応援下さった方
見に来てくださった方
大聖院の方々
ありがとうございます。
私も重い荷物も鶴と一緒に炊き上げていただきました。

Posted on 2014-09-09 | Category : ブログ | | No Comments »
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