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ありがとう!Fan土 earth JAPAN 設立記念パーティー!に出席して思うこと


20141122日(土) 良い夫婦の日に山形へ行ってきました。

ありがとう!Fan土 earth  JAPAN 設立記念パーティー!に参加するためです。

半年ほど前からこの日を楽しみにしていました。瞬く間にこの日がきました。

理事長の中川吉右衛門さんとの出会いは平成23年1月の中旬でした。

当時、私は必死で寝る暇もなく過ごしている最中でした。

三島市から「食育と書道を融合する書道展の主催をして欲しい」と依頼され

「分かりました!」と即答したのは平成20年の秋のことです。

その年の8月に行われた「房仙会社中展」で食育に関する作品を発表いたしました。

社中展をみて、「これはおもしろい」と当時の食育担当の加藤さんが提案してくれたのが「食育書道展」だったのです。

当時も今も私は「三島市食育推進会議委員」に任命されています。

書道家である房仙が、食育活動を地道に行ってきた結果融合した書道展です。

平成22年41日 一般社団法人ここねが誕生しました。

平成211116日 「NPO特定非営利活動法人 徳育と人間力育成研究所の発表会」で清水英雄先生と出逢ました。運命的な出逢いでした。

100名ほどの人たちが集う会でそこに先生も私も招待されていたのです。

清水英雄先生の名前も知らず、初対面でしたが、そこにお集まりの方たちのなかで私の右脳の直感力で選んだ先生です。

 

現在、一般社団法人ここねの理事は私たち家族4人の家族と清水英雄先生なのですが当時は、家族以外でどなたか適任者がいないか探していました。

翌年社団法人を立ち上げなければならない状況でした。どなたか他人に入っていただく必要があると考えていましたが、適任者は突然現れました。

清水英雄先生に理事になっていただいてからも失礼なことに何も相談せずに進めて行きました。(もちろん遠慮したのです)

「食育書道展」は本来三島市が行う事業であり三島市が協力してくれるとはいえ、企業のバックがあるわけではなく、市がお金を出してくれるのでもなく、どうやって作品を集め、どうやって運営したらいいのか?を主人と二人で必死で考えていました。

社団法人設立の書類も清水先生にはお見せせず!何のおとがめもなく!こんな関係を3年間悪気もなく過ごしてしまったのです。

心の大きな先生でした。口出しもなにもしないでいてくださったのです。

本当に3年間、じっと見守ってくれました。

その3年間が先生と私たちにとっては、とても大切な3年間になりました。

気がついたら大きな深い信頼関係が構築されていました。

「ここからは口を出すぞ!」とおっしゃってくださったのは平成23年度からでした。

< p class="MsoNormal">ちょうど吉右衛門と出逢ったころです。 

吉右衛門との出逢いも当時切羽詰まった状態でした。

誰にも相談できず、内閣府、文部科学省に主人と二人で行き、そのとき文部科学省の優しいお役人から

「文部大臣賞を出すとなると全国からたくさん作品を集めていただかないといけませんね」と提案され、「フェイスブックで全国に発信します」とお伝えしていました。

必死でした。

一年目に文部科学省の後援と大臣賞認可をいただけることになった時も懐かしく思い出されます。

三島市はそれを見て「すごい!すごい!」と職員の方たちが喜んでくれました。

山形県であろうが秋田県であろうが東北地方からも作品を集めたいと必死でした。

フェイスブックも教えてくれる人もいないので、ネットで調べ、手探り状態でした。

フェイスブックとは?ネット社会とは?

私の知らない世界でしたので、パソコンから見て、役に立ちそう!と思い、時間の都合がついたら必ず東京まで出て行き勉強しました。

そこで教わったことが私の以後の考え方の変化につながりました。

嘘が多いのです。一見見せ方はいいのですが、嘘が多い事実に愕然とします。

どうか甘い言葉にだまされないでください。

「自分は成功者です。こんなに自己投資をたくさんしました」と言うフレーズに弱いです。

なぜなら、私もたくさん、言えないぐらい自分に投資してきています。

成功者はみんな自己投資を行っています。その売りに何度かだまされました。

誤解されないように付け加えさせていただきますが、しっかり教えてくれる講座ももちろんあります。

私もご縁があり吉村和彦先生に教えていただきました。

 

失敗もくりかえしたからこそ、的確なアドバイスもできるようになりました。

 

中川吉右衛門はそういった意味で運の強い男です。

「展覧会を開催します。作品出してください」

「はい!出します!」

「あなただけでなく誰か誘ってください」

「はい!分かりました!」

これだけでつながって行きました。

ですから、サイズ違いも許し、展覧会の一番目立ったところに展示した作品を書いて出してくれた人が千葉陽平でした。

その作品です。懐かしい。(サイズも違うし、違反作品だと本人にも言えない)私の悩みも知らず彼は嬉しそうに一回目の表彰式に参加してくれたんです。

清水英雄先生は喜んで私の縁のあった二人に援助を惜しみませんでした。

先生の発案で今回のNPOができたのです。

1122日にしよう!と決めてくれたのも先生でした。

うれし涙があふれました。

ここからが彼らの出発です。

まだまだ赤ちゃんです。

私も力がありません。

自分の協会のことでいっぱいなので人のことに関われる時間もお金もないのです。

協力者を得てこそ伸びるのです。

感謝の心を忘れずお互い協力し合って伸びて行きます。

皆様も見守ってください。

七田厚先生との出逢いもまた次回お伝えします。

Posted on 2014-11-25 | Category : ブログ | | No Comments »
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